ととけも4
東部総合火力演習1
盛夏。
うだるような暑さの正午過ぎ。蝉の声が蒸し暑い空気にこだまする。
眼下に赤煉瓦の港町が広がる、丘の上のぼろ家屋
そこの一角、街を見下ろす向きにあいた大きな穴に二人のネコの獣人がいた。
黒毛の片方はボルトアクション狙撃銃を構え、腹ばいになって丘の下、細い路地を見下ろす。
その横、茶白の毛の方は、スコープつきの大型の旧式突撃銃をもち、片膝でその横に立っている。
「ほぼ無風、標的はまだ出てきてないね。」
そういったのは茶白のほう。
「標的が入ったドアまでの距離は?」
黒毛が聞き返す
「850。」
「ギリか?無風だし、下手しなきゃ当る。」
マフィアの幹部の暗殺任務。
使うのはサプレッサー付きのボルトアクション狙撃銃。
.30-06SF弾を使う、一般的な狙撃向きのライフル。
茶白の持つライフルは観測用の双眼鏡の代わりである。
「ラナさん、一発で決めてね。はずしたらあたしのポンコツで撃たなきゃいけないから。」
茶白が黒毛に話しかける。
黒毛、ラナと呼ばれた獣人は尻尾を振って返事をする。
茶白は双眼鏡で標的の入っていったドアを見つめる。
しばしの沈黙。
二人は息を潜め、尻尾、髭すら動かさない。
そのとき、スコープの中心にあったドアノブが動いた。
ドアが開き、中から深々と帽子を被り、夏だと言うのにトレンチコートを着込んだ人が出てくる。
見送りの人と談笑している。
「まだ。」
「わかってる。」
出来る限り目撃者を減らす。
暗殺においての常識。
今回は特にどこから狙撃されたか、を特定されるのを防ぐ意味も含めて隠密に行う。
「話終わったみたいだね。」
「ドアを閉めて、少し歩き出したら撃つ。指示頼む。リーリャ。」
「了解。」
リーリャと呼ばれた茶白の方も腹這いになる。
万が一失敗したらフォローに入るためである。
「歩き出した。」
ラナは完全に反応しなくなる。
猫であれば自然に動いてしまう耳でさえも止める。
彼女にはもう蝉の声も届いていないのだろう。
「射撃用意」
標的は一歩、二歩と歩き出す
「さん、に、いち」
「ファイア」
ドン
サプレッサーに高音を殺された発射音が響く。
その直後
「ボディーアーマーだ!」
ラナが叫ぶ。
弾丸は狙い違わず胸をとらえていた。
しかし、標的は衝撃でむせているだけだ。
どうやら標的はコートの下に防弾用のアーマーを着込んでいるようだ。
ラナはボルトを引いて薬莢を排出、次弾を装填する。
すかさずリーリャはライフルのセレクターを単発のところに入れる。
集中していたリーリャは、そのときライフルの機関部から発せられた小さな異音に気づかなかった。
「ファイア」
リーリャは引き金を引いた。
連続した発射音と反動。
本来ならそこで一発しか出るはずが無いのだがフルオート射撃になっている。
「え?」
四発ほど撃ったところで指を離す。
そこで再照準が終わったラナが射撃。
次は頭を直撃した。
リーリャが再びスコープを覗いたときには、細い路地に大きな血だまりが出来ていた。
「え、えー。」
「おまえ、なんでフルオートで狙撃するかな!」
「えええ!あたしそんな!わざとじゃないもん!」
ラナはリーリャの肩をつかむ。
もの凄い形相でリーリャを睨みつける。
「今回は運良く手と足を吹き飛ばして足止めになったけど、何のつもりだ?」
「いやいや、ほんとわざとじゃないって!ほらちゃんとセミオートに!」
リーリャはライフルのセレクターをラナに見せつける。
ラナはしばし眺めて、少し触って、
「これ、壊れてんじゃん。」
「え、」
セレクターはちゃんとセミオートのところで止まっていた。
しかし、逆に今度は動かすことが出来ない。
リーリャはとっさに分解を始める。
「座って日陰でやれば?」
「あ、えう。」
日を避けて壁の影に入る。
分解していくと
「ありゃ、シアーが割れてら。こりゃ古くなって…あー。」
単発発射を司るパーツが劣化で割れている
金属製なので相当古くないと普通は割れないパーツなのだが。
「それ、定期的に交換してないの?」
ラナが聞く。
彼女は水筒を出して水を飲んでいた。
「あー、このライフル実はかなり旧式で予備パーツが出回って無くて…もとより製造数の少ない銃だし、
似たようなパーツを加工してうまく使ってたんだけど、そのパーツも最近手に入らなくなってあー。」
「なるほど。」
ラナは頭を抱える。
リーリャに水筒を投げ渡す。
「今回はよしとする。手伝ってくれてありがと。お疲れさま」
「お疲れさまでした。」
リーリャは水筒に残っていた水を飲み干した。
そうしてギルドの出張所に報酬をもらいに戻ってきたリーリャとラナ。
この手の依頼はあまり好んでやる人がいないため、結構高額になる。
今回もその例に違わず、かなりの額が二人に支払われた。
そこでリーリャとラナは別れ、それぞれの宿へ戻った。
「と、まあ。あたしはこれから宿を探さなきゃいけないんだけど。」
リーリャは先程入った金で宿を探す。
太陽は真上より少し傾いた場所にある。
食事時も終わり、町中に再び人が戻ってくる時間。
日傘をして優雅に歩く老婆や、そでの無い夏服を着て、浮き輪をもってはしゃぐ少年などなど。
その中をリーリャは歩いていく。ライフルケースに腰に拳銃とナイフを吊って。
「ママー、あの人…」
「見ちゃいけません!」
どこに行ってもこの調子である。
旅人というのは辛いものである。
「それにしてもこの街は観光客が多いな…」
この街は海が綺麗なことで有名である。
昔から貴族の別荘地として栄え、今は海水浴などのマリンスポーツで栄えている。
この街には海水浴目的で訪れる客が多い。もちろんそのための宿も沢山ある。
逆を言うと、旅人向けの宿は少ないのである。
「高い宿ばっかだし、安くても大体埋まってるし…あーうー」
トボトボと海岸線を歩く。
横には砂浜、海水浴場が広がっている。
「あたしも泳ごうかな…」
水着は一応、今背負っているリュックサックに入っている。
「こんな荷物で泳ぐわけにもイカンな。」
とにかく、今夜の宿を探すことに専念することにした。
高級ホテル街を抜け、街のはずれの旅人向けの宿の集まっている所。
安くてい心地の良さそうな宿から回って空きを聞いて回るが、大体満室であった。
「くそう、空きのある宿は…」
と、駆け込んだ宿。
空きがあった。
一室だけ
「チェックインします!」
「チェックイン!」
と、リーリャとほぼ同時にコールしたのは、犬の女性。
装備からしてリーリャの同業者。傭兵。
どこかで見たような気がするが…
「どうもこんにちわ。あたしが先に言いました。」
「いいや、わたしだ。」
「いいえ、あたしです」
「いやいや、わたしです。」
「ああ?あたしだって言ってるんだ」
「おいおい、私が先だった」
「ああ?なに言ってやがるんだ?」
「はあ?なにキレてやがるんだこのガキ」
「ガキっつったな?男っぽい格好しやがって」
「ああ?何だてめえ、生意気だな。表出ろ」
「ああ?いいよ?うけてやるぜこら」
「てめえ、よく見たらいつぞや一緒に仕事したガキじゃねえか」
「ああ?そういやそうじゃねえかてめえ。名前なんつったっけ」
「ケイトだ。ケイト・ノーマン。お前はリーリャだったっけ?」
「おう、白百合リーリャはあたしだ。」
「ちょうどいい、一緒の部屋に泊まらないか」
「そうですね。喧嘩はいけませんね。」
「「そういうことでおっさん、」」
二人、リーリャと、ケイトは受付に向かって
「二人部屋あいてます?」
「開いてるもなにも。二人部屋部屋しか無いです。」
なんだか意気投合して、相部屋することになった彼女は、
ケイト・ノーマン。22の傭兵。男勝りな性格の犬の女。
リーリャは前、とある依頼で彼女と一緒に戦ったのだ。
その際、さっき仕事したラナも一緒であった。
二人は部屋に荷物を運びこみ、ひと息つく。
部屋は二人部屋。ちょっと古いダブルベットが一つ。
別の宿から貰い受けたようでここではない宿の名前が彫ってある。
「いやー、こんなところで会うとは思ってませんでしたよ。」
「んー、私はオマエさんも参加すると思ってたんだけど。」
「ん?なにがです?」
ケイトは咥えていたタバコを落としそうになる。
「ま、まさかオマエさんがこれを知らんとは。」
「いや、だからなにが…」
「これだよこれ。」
と、ケイトがリーリャに押し付けた一枚のポスター。
そこには
『東部総合火力演習参加者募集』
と書かれていた。
「…これって、警備隊の?」
「ああ。」
リーリャも存在は知っていた。一年に一度、警備隊が訓練の成果と仕事を一般に広く知ってもらうために行う公開訓練。
リーリャも見たことがある。
しかし、外部から人を公募しているとは思っていなかった。
「…募集はまだやってるのか?」
「明日までだ。まだ間に合う。」
弾薬費向こう持ち、開催期間飯と寝床が支給され、しかも(少なめだが)報酬付きとなれば黙ってはいられない。
すぐにリーリャは部屋を飛び出し、ギルドへ向かったのであった。
「ぎりぎりセーフ」
リーリャはギルドの前にあるオープンカフェでくつろぐ。
定員まで残り十人のところで登録完了。滑り込みセーフ。
そしてお昼ご飯を忘れていたのでオープンカフェ。
「今年は隊員が減っちゃってその変わりだったのか。」
警備隊は今年、定年退職者がたくさんいたようで、入隊者は逆に少なかったようだ。
そんなこと関係なく、ハンバーガーをほおばるリーリャ。
「このフィッシュバーガーうまいな。もぐもぐ。
演習に参加するならもぐ葉桜を治すかもぐ買い換えないともぐもぐ」
葉桜とはあの壊れてしまったアサルトライフルのことである。もぐもぐ。
「とりあえず喰っちゃおう。もぐもぐ」
リーリャはハンバーガーのこり一口をくちに放り込み、サイダーで流し込む。
行儀悪し。
トレイを片付けて店をあとにする。
「武器屋はどこにあったかな?」
リーリャは炎天下の街をライフルケース抱えて歩きまわる。
旅人ある街には武器屋あり、といわれている。この街も例外ではない。が、
銃を扱い、さらに修理までやってくれる店は少ない。
たとえ銃を扱っていても、対応する弾が置いていなかったりする。
ひどいところでは、「銃の弾なんてみんな一緒。」と言われて、.22LR弾を押し付けられたこともある。
旅人に銃を使うものがあまりいないのはそのせいもあったりする。
「うう、そうですか。失礼しました。」
そう言ってリーリャがあとにした店は、銃は扱っていても、拳銃弾を使うものしか置いていなかった。
これで二軒目。
店員に聞いた、次の店に向かう。
次の店は、大通り(朝方狙撃した路地の近く)にある、銃関連の専門店。
重い扉を押し開けて入ると、広い店内の壁や棚には銃が所狭しと並んでいる。
「いらっしゃいませ。よろしければご案内しますよ?」
と、声をかけてきたのは若い男性店員。
店員も結構いる。
客が比較的少ないため、客一人ひとりに店員が付く。
「ライフルケースということは…」
「修理できるならしたいですけど。一応検査してもらえます?」
「かしこまりました。」
と、案内されたカウンターでケースを開け、店員に見せる。
店員は、ん?という。
「これは…葉桜…ですか?」
「ええ。初期ロットのものです。」
葉桜の初期ロットのものは、性能はいいがトラブルが頻発するということで有名である。
しかも葉桜自体が旧式の銃である。
「どうしてこんなものを?」
「旅に出る時に父親からもらってね。それ以来改造したり修理したりして使ってきたんだけど、
ちょっと前の仕事でシアーがダメになっちゃって。」
「あー、そんなに古いのはさすがに扱って無いですねー。」
「やっぱりか…この際だから買い換えちゃおうかな。」
壊れたら買い換えようと思ってここまで来て、やっと買い替えのめどが付いた。
壊れていても、外装などが売れる可能性があるので、葉桜は査定に出し、リーリャは店内で新たなる銃を探す。
「これなんかどうですか?小型で軽くて、取り回しもいいですよ?」
「うーん…」
渡されたのは広く普及している突撃銃。
普及品で汎用性も高い。しかも人気製品のため、銃を扱っているところであれば大体予備パーツがおいてあるため、整備にも困らない。
しかし、今までのものより口径が小さく、軽い弾を使うため、威力が今までのものに劣り、射程も短い。
「…えっと、あの、できたら.308Winを使う奴がいいんですけど…」
「7.62ですか。ちょっと高いですがこれなんかどうでしょう。」
と、渡されたのは、春に広告で見た、最新鋭の銃。
「柏葉工業の最新型、『山茶花』です。値ははりますが、性能はいいですよ?」
「…すごい、聞いてはいたが…セレクターだけじゃない、チャージングハンドルにマガジンキャッチまでアンビ化されている…マガジンは葉桜とおなじか…エジェクションポートも、これはパーツ組み換えで変えられるのか…ストックは伸縮だけでなく折りたたみもできるのか…しかもバレルとストックは工具なしで交換可能…これはすごい…」
「様々なオプションパーツがございまして、交換することで様々な状況に対応することが出来ます。」
リーリャは、構えたり回したりストックを伸び縮みさせまくったりさせた挙句、
「これ買います。あとオプションパーツ何がある?」
「えーっと、現在発売されているオプションパーツは…スナイパー用ロングバレルとスナイパー用サムホールストックです。」
「それもあわせて買います。いくらで?」
店員は素早く電卓を叩き…
リーリャに突きつける。
「こんなもんになります。」
「た、たけえ…いや、買います!」
その値段は今日の報酬の半分以上だった。
査定にだした葉桜も下取りに出して山茶花を購入。
試射や調整などをして宿に戻るころには、日は大きく西に傾いていた。
「やー、買った買った高かった。」
「おお、お前さんどこ行ってたんだ?持ち物で大体分かるけどな。」
部屋に戻るとケイトはベットの上で週刊誌を読んでいた。タバコを咥えて。
ベットサイドにある灰皿には数本の吸殻。
「タバコか。体にわるいよ」
「これでもだいぶ減らしたんだぞ。嫁ができたからな」
「よ…嫁?」
ケイトは女である。嫁ではなく夫では?
と、思ったが突っ込まず。
「とりあえずもうすぐ飯の時間だから下のバーに行こうか。」
「そうですね。とりあえず寝タバコはやめて下さい。布団が焦げます。」
「やなこった。」
というか、すでに焦げていたりするのだが。
ライフルケースは置いて、ケイトとともに下のバーへ。
下のバーは夕食を取る人で混雑している。リーリャはそこにいるほとんどの人から、自分と同じ匂いを感じた。
中にはどこかで見たような顔もちらほらと見える。
「このほとんど全員が火力演習に…?」
「そうなるな。」
リーリャとケイトは一番端の席に居座るなり、ケイトはタバコを吹かし始める。
減らしてるんじゃないのか?
メニューに目を通す。
値段は安めで、港町らしく魚介類をふんだんに使った料理が並ぶ。
バーと言うだけ、酒とつまみが多い。
ケイトが指を鳴らしてウェイターを呼ぶ。
ケイトはビールとつまみを頼み、リーリャはフィッシュ・ステーキとオレンジジュースを注文する。
飲み物とおつまみはそうかからず運ばれてきた。
二人は飲み物のグラスを打ち合わせて乾杯する。
ケイトはビールをぐいっと煽る。
「ぷはー、夜はこれに限る!」
がばがばと飲むケイトを片目に、リーリャはつまみのウィンナーを頬張る。
ケイトはリーリャのフィッシュ・ステーキは運ばれてくるまでに二杯ジョッキを空けた。
その後も、”嫁”自慢をしながら飲み続け…
「程々にしてくださいよ。明日から総火演なんですよ?」
結果、ぐでんぐでんになったケイトに肩を貸して部屋まで運ぶことに。
「わかってるのよ。わかってる。だいぶ減らしたんだぞ。」
「はあ。」
これで減らしたって言うんなら減らす前はどれだけ飲んでたんだ…
そしてケイトは結構重い。
「ちょっとは自分で歩いてくださいな。」
「いやでうー」
なんとか部屋まで到着する。
ケイトはふらふらとシャワーまで歩いて行った。
ちょっと高いがシャワーが部屋ごとについている宿。
「……」
風呂には朝入ることにして、服を脱ぎ捨てて下着だけでベットにダイブ。
この暑さだ。どうせいまシャワーを浴びても朝には汗まみれだろう。
リーリャは大きくあくびをして丸くなった。
すぐに意識が薄れていく。
今日も一仕事したから疲れたのか
そんなことを考える暇もなく眠りについた。
大きな女性。
母親?
柔らかい、胸
離れたくない、懐かしい匂い
強く、強く、強く、抱きしめた。
It Will Continue In The Next......